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理学療法の評価と治療

理学療法に関連する臨床・研究・教育と評価・治療について書いていきたいと思います。

カテゴリー「哲学・思想」の記事一覧

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集団主義と個人主義 

集団の和を大切にする集団主義と、
他人に左右されず自分で人生を
切り開くべきという個人主義がある。
この2つの考え方は文化や思想、
宗教などの影響があり国によっても違いが分かれる。
日本の場合は島国と村社会の影響で、
集団主義が強かったのだが、
近年は徐々に個人主義の考えが広まってきている印象を受ける。
ではこの集団主義と個人主義についてもう少し詳しく述べていく。

集団主義は人口密度が高い地域や高齢者が多いところが、
優位となる傾向がある。
中国や他のアジアは集団主義が強い傾向となる。
個人主義は異文化との接触の多い地域や、
GDPが高い国また高学歴の地域が優位となる傾向がある。
アメリカ・オーストラリア・イギリスをはじめ
ヨーロッパ圏は個人主義が強い。
インド・日本・ロシア・アフリカはその中間的位置づけとなる。

集団主義は個人の目標より集団の目標を優先し、
集団の必要性が満たされてこそ、
個人が幸せになるといった考えである。
義務や宿命を大切にし、何をすべきかという
制約の中で行動する傾向がある。
ヒンドゥー教のダルマ(法)とカルマ(業)の
影響が強くそこから派生した、
仏教・シーク教・ジャイナ教も同様である。
また儒教では孔子が親を愛する天命と
君主に奉仕する忠を大切にするよう説いている。
ヨーロッパではカールマルクスの資本主義への批判も、
集団主義の考えの重要性を示している。

個人主義は他者の目標よりも自分を優先し、
自分の人生は自分で切り開くべきだといった考えである。
自己の選択を大切にし、何になりたいかという
思考と行動の自由を重要視する。
歴史的には古代ギリシアの
ソクラテス・プラトン・アリストテレスから、
我思う故に我ありと説いたデカルト。
そしてプロテスタントの宗教革命や
ガリレオ・ニュートンの科学の前進も影響として大きい。
その後も支配からの脱却といった思想を元に、
ロックの普遍的人権や
経済的利己心・社会的利益を説いたアダム・スミスの国富論など
そうそうたる顔ぶれが個人主義の歴史には含まれる。

こうした集団に重きを置くほうが良いのか、
それとも個人に重きを置くほうが良いのか。
こうした議論は哲学・経済・心理学など様々な分野で、
未だに議論をされている。
日本においても集団主義と個人主義は
意見が分かれやすい所でもある。
組織の上層部は集団主義を通そうとし、
現場では個人主義での反発を行なうというのは
よく起こることである。
こうした中でジョン・スチュアート・ミルは
相手が害と感じるものをこちらが強制するよりも、
こちらが害と感じるものを許しあることが必要と述べている。
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Category: 哲学・思想

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考えるということ 

何か問題があったり、新しく何かを作り出したり、
人はその都度、考えるという行為を行なう。
自分で考えてうまくいく場合と、
うまくいかない場合はいったい何が違うのだろうか。

考えるということは何なのだろうか。
少し考えてみたいと思う。
考えは知識経験によるものが大きいことは
皆が感じることではないだろうか。

知識は勉強によって得られることも多く、
歴史や客観的な事実を元に捉えるのが特徴である。
机上の空論となりやすいことと、
目の前の出来事や相手に当てはまらないことがあるので、
その点に関して注意する必要がある。

経験は人付き合いや遊びの中から得られるものも多く、
自分の体験からの想像となることが多い。
経験値により幅が大きい特性がある。
また経験は感情的な要素も大きいので、
ポジティブかネガティブかどちらかに大きく傾く。
褒められる教育が多かったり、
うまくいった経験が多い場合はポジティブになりやすい。
逆に叱られる教育が多かったり、
失敗した経験が多い場合はネガティブになりやすい。

今ある知識を元に考えたり、今までの経験から考えたり、
考えるといっても人によって考え方は様々である。
知識や経験がない出来事が生じると人は不安になる。
怒り落ち込みの感情が生じ、
考えることは困難となり同じ感情を繰り返しやすい
悩むといった状態に陥ることになる。
不安になるときは知識や経験の要素が足りず、
その出来事を対処するスキルがない状態である。

経験したことがないので、経験から学ぶことになるのだが、
はじめてのことであるとどうしても不安が生じる。
こうした場合は自分で努力するには勉強すること。
また他人の力を借りるときは相談すること。
またどうしても無理だというときは環境を変える
要するにその出来事を回避する。という方法もある。
しかし、回避ばかりしていくとスキルはいっこうに伸びないので、
知識と経験を積み重ねていき、様々な問題を解決できるための
スキルを学んでいく必要がありそうである。考えるということ

Category: 哲学・思想

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凡人と奇人 

自分のことばかり考えても、人から嫌われる。
かといって他人のことばかり考えても、面白くない。
そんな狭間で悩んでいる人は少なくないらしい。

普通の人は常識的に振る舞うことができる。
これは自分の気持ちが違ったとしても、
臨機応変に時・人・場所に合わせて合わせていく。
自分に対する嘘が多くなってしまうことで、
ストレスが多くなる傾向もある。

それに対して奇人や変人といわれる人は、
他人のことをいっさい気にしない。
自己中心的であり、常識にとらわれないところもある。
逆にいうと嘘をつくことがなかなかできない。

常識というのは時・人・場所によって変わる。
周りの空気を読みながら、それを察知し
自分の気持ちを押し殺しながらも合わせることは
環境に適応して生きるためには重要なことも多くある。
しかしながら自分の力を最大限に発揮するためには、
この環境に合わせる力だけではどうにもならない。

自分本来の力を出すためには他人を気にすることはできなくなる。
これらは人によって能力が分かれるところがあるが、
まずは環境に合わせていく。
うまく人間関係を作ることで、仲間ができ、
良い環境を形成する土台となる。
そして周りの環境をしっかりと見渡し、
どの部分で自分の力がいかすことができるかを見定める。

これは自分の力の必要な部分を選択し、
集中することにも繋がる。
「優しいけど少し頼りない。」
これは相手に合わせることに重きをおき過ぎて、
自分の力が発揮できていないことでもある。
また「少し偏屈で変わった人。」
これはあまりに自己中心的すぎて、
相手に合わせることがまったくできていない状態。

最近、なんかうまくいってないと感じたら
これらのバランスを変えてみると良いかもしれない。

Category: 哲学・思想

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科学的とは? 

科学的な根拠は?と聞かれることが増えてきた。
では科学的とは何なのだろうか?
科学的とは自然科学の方法・成果などに関することや
論理的・客観的・実証できることなどを指すことが多い。
しかしながら科学的というのは明確な定義がなく、
科学的に説明できないところがある。

古典科学というのは既に中世では存在しており、
この頃の科学はフィソロフィーとして哲学として位置づけられ、
知識探求としての意味合いが強かった。
やがて20世紀になると実験と実証による知的体系の進歩が起こり、
これが近代科学という位置づけとなる。

17~18世紀までは中国科学が西洋よりも発達していたが、
その後天文や物理の分野で大きく西洋科学が飛躍することとなる。
西洋科学身体を構造物の集合体として捉える反面、
東洋科学身体は相互に関係をもつ機能として考える特徴がある。
もう少し具体的に話をしていくと、
西洋医学は物理学や生物学、化学を用いて血液データをとる。
そしてそのデータが健康な人と比べて差異がないかを確認する。
その差を薬という生化学反応を利用し、健康な人の数値に合わせる。
要するに健康である人の数字にもっていくことが
病気ではない状態と仮定し、
薬を用いて治療していく方法が一般的である。

それに対して東洋科学は部分的なものでなく、
関係性をみてマッチしてるのであれば問題ないとする。
体はある変化が起きるとそれに対応するために別の反応が生じる。
その変化や反応を異常と捉えて治療するのではなく、
その反応も全体的な相互関係として捉え、
必要であれば正常に持っていくとも限らないとする。

部分をみることと全体をみること。
それぞれメリットとデメリットがある。
西洋科学の還元主義というパラダイムは
絵空事のドグマとしては成立するが、
本物の臨床としては当てはまらないことも多く、
当てはまるかどうか試さなければわからないことも多い。
よって問題となることも多いのである。

体は構造として機械的にみていくだけでは
対処が難しい場合も多い。
それは生身の人間には心というものが存在し、
その心は現在では脳の働きとされている。
心次第で脳の働きが変化し、ホルモンや自律神経に大きく作用し、
体そのものの変化や実際の行動まで影響を及ぼす。
そしてそれらがまた体に作用し、
慢性的な体の変化に関わることも少なくない。
部分的にみることと、全体的にみていくこと。
また病気としてみていくことと人としてみていくこと。
それぞれが相互にかみ合うことで
人は人として生活していけるのだと思う。

Category: 哲学・思想

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QOLを高める 

毎日が楽しい人、楽しくない人。
多くの人とか関わっていくと、
人によって様々なことを感じる。

物質的なものではなく、
楽しく感じる心をもてるかどうか。

毎日が楽しくない人は悲観的に物事をとらえる傾向がある。
過去にあった嫌なことや未来への不安をいつも考える。
また自分のことや他人の短所をみることが多い。
その結果、リスクばかり考え他人の目ばかりが気になってしまう。

自分の身を守ることに一生懸命になり過ぎて、
自分の欲しい物を得ることが
できなくなっている状態かもしれない。

欲しいものを得るためには、
まず自分が何を大切にしているのかを
知ることである。
知識・仕事・お金・家族・
人間関係・健康・精神性。
誰かの声ではなく自分自身が大切にしているものは
何なのだろうか。
大切にしているものがわかれば、
やりたいことがわかってくる。

好きなこと・楽しいこと・興味があること。
自分は何をしている時に一番笑っているのか。
こういうことを考えていると、
なりたい自分になったイメージが湧きやすくなる。

世の中の情報が多くなり、価値観も多様化してきた。
しかしながら自分が大切にしているものが、
今度は見えにくくなってきている。
選択肢があまりに多すぎると行動は困難になる。
もう一度自分の大切に思っていることを見直してみることで、
充実した毎日が送れるのではないだろうか。

Category: 哲学・思想

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狭く見るものと広く見るもの 

理学療法によるアプローチを考える上で、
根拠に基づいて行うことは非常に重要である。
特に急性期においての重要性は高い。
急性期では再骨折や炎症の増強など
問題点の高いものが集約できる。

しかしながら、家庭生活や本人のニーズを考慮した、
変性疾患や慢性疾患になってくると問題は多様化し、
優先順位も個々において様々になる。
問題点同士の相互関係や、日常生活による影響など
身体面だけでなく心理面や社会的な問題も含まれると
問題を完全に解釈するのは非常に困難なものかもしれない。

何が原因で症状が出現しているのか考えることは大切だが、
生きている人間の場合は多くの条件が存在する。
一つの原因により、一つの問題が起きるというのは
逆に不自然とも考えられる。

理学療法のアプローチ前とアプローチ後で
効果判定をすることはもちろん大切である。
しかし、アプローチの効果だけでなく
姿勢を変えたこと、触れたこと、患者の意識の変化、
心理的な影響など様々な条件の変化がそこに含まれる。
治療者と対象者との信頼関係や周囲の人の状況も
当然関わってくる。

こういったことを考慮すると細かく見ることと
大きく見ることの二つの視点はとても大切である。
アプローチによる効果を客観的に示すことと、
笑顔の一声で生じる主観的なもの。
どちらか一方ではなく両方が合わさってこそ、
大きな効果の出せるアプローチになるのだと感じる。

無題 1

Category: 哲学・思想

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ニュートン力学・量子力学・カオス理論 

ニュートン力学と量子力学、カオス理論について簡単に述べていく。
ニュートン力学は物体に位置と運動量を設定することで、
ある程度の運動の予測がつくといったものである。
様々な方程式を用いて、運動を予測していくことが特徴である。
ニュートン力学はこのように測定により、
すべてのものは把握することができるとするが、

量子力学はそれに対して、予測の難しさを示す。
量子力学は原子・分子・電子・素粒子を考慮する。
それによりこれらの正確な位置と同時に運動量を測定し、
決定することは現実的には不可能であり、
これが不確定性原理となると主張する。

そしてカオス理論は複雑なものほど予測は困難であるとする。
例えば週間天気予報。予測するにはあらかじめデータを決定する必要がある。
気温・湿度・雲の位置・風向きなどと今までのデータで検証していくが、
気温が30度であれば1週間後は晴れになるが、
30.00000000000000001度であれば雨になるということが起きるのである。
気温一つに置いても詳細に測定することに限界がある。
それに週間天気予報のように長いスパンになると誤差も大きくなる。
このように初期値の設定により、結果が大きく変わるものを
初期値敏感性をもった決定論的システムと言う。
このように週間天気予報や人口分布など初期値の設定で大きく変わるものや、
複合的な問題が生じる場合にこれらが特に影響される。

このように現在の物理学では測定可能なものと
予測不可能な不確定性が混在したものが存在しているとする。
これをニュートン力学、決定論的カオス、カオス理論の3層で表現される。
科学の影響が大きい現代の思想において、
科学ですべてを網羅することができないことは驚きである。
無題 1

Category: 哲学・思想

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科学的思考の歴史 

人の考えというのはその時代の考え方の影響を多く受けており、
それが常識として基準になっていることが多い。
そのため、時代が変わることで全く違った価値観が存在し、
考え方も大きく変わることも多い。

歴史的には大きな思想として注目されたのは
アリストテレス論理ではないだろうか。
アリストテレスは物事にはすべて目的がある。
つまり目的こそそのものごとの原因とした。
それが「神が人を作った。」
「雨は動物の生命のために存在する。」
などと説き、教会としても都合の良い考えであり、
教義として採用。教会が最高権威を得ることになる。
アリストテレスは重量と重力論や
地球中心説・天体不変性説などを唱えるも
いずれもガリレオ・ガリレイやコペルニクスに否定され、
これらの理論の絶対性が揺らぐことになる。

その後、万有引力で有名なニュートンが物理学を発展させ、
原因と結果の関係性は測定可能であり論証できることを示した。
それにより、ガリレオやコペルニクスの理論を証明することが可能になり、
それらの力学体系を学術的に統一。
物理・数学的な基盤とし近代科学の先駆けを作り出すことになる。
その後、アインシュタインの理論
そして現代の量子力学やカオス理論と発展する。

地上には天国と地獄がある。
地球は平で海の向こうには境目がある。
そういった考えが昔にあったというのは今では驚きである。
しかし、考えというのは知っているものを基準に考えるので
今考えているものも今知っているもので考えるに過ぎないかもしれない。

無題 1

Category: 哲学・思想

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物理学の変化 

物理学の考えも発展とともに変化している。
自然界の秩序によるものは測定可能なものと考えられ、
詳細な計算と方程式により、
すべての事柄は予測が可能なものと信じられてきた。
しかしながら自然界の秩序のみでなく、
予測不能なものや不確定要素が混在しているものが
実際であるとの考え方が主流となってきている。
要するにニュートン力学的な予測可能なものでは
すべてを語ることはできず、量子力学やカオス理論のように
不確定要素も存在するため予測困難なことの方が多いということである。

無題 2

Category: 哲学・思想

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科学的思考の変化 

現代の科学的思考は感染症の解決に大きな貢献をした。
それにより、多くの命を救うことができ
寿命も大きく延ばすことができた。
命を救い、長寿となった今、
問題は慢性疾患や変性疾患の存在である。

医学では何のウイルスや菌が原因かを特定し、
病気の原因をアプローチする因果律にそったものとなりやすい。
それに対して、慢性疾患や変性疾患では
様々な因子が影響を与えることで
症状が軽快したり悪化したりする。
因子すべてを考慮することで、
自然治癒力を適切に働かせたり、
恒常性を保つことが大切になる。

理学療法での臨床思考も
因子すべてが関係する傾向が強い。
歩行できないのはただ筋肉が弱いだけでなく、
痛みが存在したり、関節の可動性が低下していたり、
またその状態をかばうことで別の問題が出現したりと、
多くの問題が複合的に絡み合い、繋がって一つの事象が起きてくる。

慢性疾患や変性疾患を考える上では、
ひとつの原因を改善することでなく、
多くの問題のつながりを理解していくことになる。
それ故に、予測や数値化が困難となり
絶対的な答えが存在しないということが生じてくる。

Category: 哲学・思想

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2017-08
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