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理学療法の評価と治療

理学療法に関連する臨床・研究・教育と評価・治療について書いていきたいと思います。

2015年02月の記事一覧

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コンプレックスについて 

人は劣等感や無力感を感じた時に
それをなんとかしたいと感じ、
向上したり理想に近づくことで優越性を追求する。
こうした状態は正常であり、行動力を生むことになる。
それに対して、言い訳をする状態は劣等感コンプレックスといい、
ストレスに関わり多くの行動に問題を生じさせることになる。

優越性の追求は過去や他者とは比べず、
人との違いを優劣とは考えない。
同じではないが対等だといった感覚が重要である。
上にいくのではなく前に進むイメージで、
人より前や人より後ろでもないと考える。

それに対して劣等感コンプレックスは過去や他者と比べ、
上か下かということを考える。
劣等感から人生のいいわけをする。
小さくみせたり、不幸自慢をしたり、
~さえあれば自分は優れているのにと考える。
弱さをみせることで人に同情してもらったり、
優しく接してもらう目的を叶えることができる。
「私の気持ちははあなたにはわからない。」
と言うことで完全武装することも可能である。
弱さはある意味、最も強い権力なのかもしれない。
赤ちゃんは支配されることがないことからも、
その権力の強さがうなずけるところである。
また逆に大きくみせたり、自慢をしたり、
自分は~があるから優れていると誇張する人もいる。
これも実は優越コンプレックスであり、
実は劣等感からきているものである。
何らかの劣等感があるから、過剰に大きくみせたり、
他のものを誇張してしまう状態である。

劣等感コンプレックスも優越コンプレックスも、
過去や他人と比べること。
そして上や下などの縦の関係を意識するからこそ生じている。
要するに対人関係の悩みとは他者との競争によって生じる。
上や下と考え競争するから、他者を敵だと思わざる得ない。
そしてたとえ競争に勝ったとしても
誰も信じられないし、幸せにもなれないのである。
実はコンプレックスは上下の関係で過去や
他人を比べるから生じており、
競争という概念から離れることで、
他人は自分の仲間だとはじめて感じることができるのである。
優越性・劣等感コンプレックス
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Category: 心理学

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賞罰教育の弊害 

教育において叱ることは、その人間のやる気をなくし
かえって行動を消極的にしてしまう。
むしろしっかり褒めやる気を出させるべきだとよく言われる。
しかし、こうした叱ったり褒めたりする教育は、
無意識的に相手をコントロールすることが
目的となっている場合も少なくない。
そして、罰する人がいなければ不適切な行動をとりやすく、
褒めてくれる人がいなければ適切な行動をとらなくなりやすい。
ようするに賞罰教育は自分で主体的に動いているのではなく、
常に周りの人を気にしながら生きていることになる。

しかし、ほとんどの人が「誰かに褒められたい。」
「誰かに認められたい。」と思っている。
たしかに人に認められたいという承認欲求
人間誰もが、持つ本能的な感情ではある。
誰かに認められることで自分の存在価値が
確かめられるという点がそこにあるのではないだろうか。
ただ極端にそこだけに向いてしまう生き方は
のちに自分の本当の気持ちを押し殺した
窮屈な生き方になるというジレンマも生じる。

自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、
いったい誰が自分のために生きてくれるのだろうか。
コントロールすることコントロールされること、
これらの共依存関係は自律を生むことはない。
教育についてはこの部分をしっかりと
考えるべき必要があるのかもしれない。
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Category: 心理学

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怒る人について 

今回は怒りについて考えていきたいと思う。
身近にもすぐに怒る人はいないだろうか。
人間誰もが怒るとは思うのだが、
他人が怒るのはなかなか迷惑だと感じることも多い。
ただ政治や人道的な問題での怒りは、
必要な部分も少なからずある。

政治や人道的なものに感じる
公的な怒りは長期的に続くのだが、
私的なもので感じる怒りは比較的に短期的なものが多い。
相手に対して腹が立って怒鳴る場合や、
怒った態度を見せるなどが私的な怒りである。
この私的な怒りは何が目的なのか考えると
権力争い」や「闘い」がこれにあたる。
要するに怒りを他人を屈服させる道具として
利用していると考えられる。
しかしながら、屈服させるための怒りは
一時的に屈服させたとしても
その後、復讐されることが多い。

怒りというのは「権力争い」や「戦い」の土俵に引き込み、
屈服させる道具であるのだが、
怒りを用いる人は怒り以外の道具を持っていない、
もしくは知らないことも少なくない。
怒り以外のコミュニケーションのとり方は存在する。
そのことを知れば怒りという道具に頼らなくても良い。

また相手が怒りという道具を利用してきた時に、
どう対処すれば良いのだろうか。
つい相手の怒りに対して自分も「権力争い」や「戦い」に
参加してしまいがちである。
かといって我慢することがよいのだろうか?
この我慢だが、我慢という風に感じている時点で、
既に権力争いにとらわれてしまっている。
我慢すると考える時点で「自分は正しい。」という観念であり、
主張の正しさ”ではなく”自己と他人のあり方”に
焦点が変わっていることに気づくだろうか。

「誤りを認める。」「謝罪する。」というのは
権力争いから降りることである。
これは決して負けではない。
自分の理想に近づける。向上させていく
優越性の追求は上や下、勝ち負けのような
競争で行なうものではないことを
肝に銘じておく必要があるのかもしれない。
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Category: 心理学

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嫌われるということ 

嫌われるのが好きという人はなかなかいない。
ほとんどの人が誰からも好かれ、
信頼されることを望んでいると思う。
この嫌われたくないという感情は、
本能的な普遍的欲求であり、
カントはこれを傾向性といった。
人は誰しもがこういった感情を本能的に持っている。
しかし、この感情がかえって人生を生きづらくすることは多い。
嫌われないように生きるということは、
10人中10人に忠誠を誓うことになる。
それは自分にも他人にも嘘をつくことになる。

自分にも他人にも嘘をつくと、
自分自身の人生を苦しくし、
他人からは信用を失う。
本当の気持ちと行動が違う状態なので、
自分も気持ち悪いし、相手も気持ち悪い、
認知的不協和を生じた状態となってしまう。

この嫌われたくないという本能的な欲求は、
うまくコントロールしなければ、
社会適応を困難にしてしまうこともある。
ありのままの自分で人と接すること。
そして嫌われることを怖がらないことは、
自分の人生をよいものにするためには、
必要不可欠なものとなる。
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Category: 心理学

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依存から自律 

人は依存し守られている状態から、
少しずつ自律していく人生をたどる。
産まれたばかりのときは
自分だけの力では生きていくことができない。
親に守られている状態から、
少しずつ自分自身で生きていけるようになる。
これは仕事友人などにおいて、
人と人との関係から学んでいく。

距離が深くなるほど依存しやすくなるので、
自律した関係性を構築するのが難しくなる。
そう考えれば仕事上の関係が最も距離は浅い
仕事では成果という目標が共通している。
そして仕事が終わると、関係を離れることができるので
依存した関係にはなりにくいと言える。

最も難しいのはになるのではないだろうか。
恋人同士であれば距離が深くなるため、
お互いに依存関係になりやすい。
相手を支配(束縛)する関係になるのであれば、
自律した関係とはいいにくい。
ただ恋人同士であればうまくいかなくなれば、
別れるという選択肢もある。
それが家族愛になると難しくなる。
夫婦の関係であればそう簡単に別れることはできない。
お互いに劣等感を感じることもなく、
優越性を誇示する必要もない平穏で自然な状態が大切である。
1人では生きていけない状態ではなく、
1人でも生きていけるけれども、
2人のほうが楽しいから一緒にいる関係。
こうした対等の関係を構築することがとても大切である。

最も難しい関係は親子である。
親子の関係は最も深い距離となる。
親子の関係は赤い糸ではなく、
鎖のようなものであり、依存関係に最もなりやすい。
子供が大きくなるにつれて、
いかにお互いが自律していくことができるか。
親が子供としてではなく
1人の人間としてみていくことができるか。
親が子供と離れて、子が親から離れても、
それぞれが生きていける状態が大切である。
離れていても心では離れることがないのが、
親子の関係である。

誰かに守られている状態が依存であるが、
その人なしでは生きていけない状態のことを指す。
自律する道を回避してしまった時に、
環境や人のせいになってしまう。
これは自分自身のライフスタイルであり、
どう選択するかの問題である。
環境や人のせいにせずいかに自律していくか。
これは善意や道徳の問題ではなく、
自分自身の勇気が最も重要になってくる。
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Category: 心理学

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椎間関節症候群の問診 

腰椎の椎間関節症候群かの鑑別は、
問診も非常に有効だと言われている。
Revel1)によると腰椎椎間関節症候群には
7つの予測因子があり、その因子との一致があれば、
腰椎椎間関節症候群の可能性が高くなる。
神経ブロックにより確認したものであり、
次のうち5つ以上当てはまる場合は、
92%の確率で腰椎椎間関節症候群と考えられる。

1.65歳以上
2.咳で悪化しない
3.椅子からの立ち上がりで悪化しない
4.体幹をもたれることで緩和する
 (常時椎間関節からの痛みが生じている場合)
5.体幹の前屈で悪化しない
6.体幹の過伸展で悪化しない
7.体幹の伸展-回旋で悪化しない

以上の項目を確認することで、
腰痛の鑑別診断のひとつとして考えることができる。
ぜひ参考にしていただきたい。

1)Revel M,Poiraudeau S,Auleley G,et al.Capacity of the clinical picture
 to characterize low back pain relieved by facet joint anesthesia:proposed
 criteria to identify patients with painful facet joints.Spine.1998;23:1972-1976
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Category: 腰椎

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整形外科的テストの診断精度 

画像所見は必ずしも臨床所見
一致しないことも多い。
そのため整形外科的テストは
臨床的な鑑別を行なう上で必要不可欠である。

例えば膝の変形の画像所見があったとする。
関節裂隙の狭小化、骨棘形成、
骨硬化像などが認められる。
疼痛は膝の内側であるが、疼痛部位をよく聞くと、
鵞足部や膝蓋腱、中間広筋など
筋筋膜性の疼痛であることも少なくない。
こういった臨床的な症状から判断すると、
膝の変形はあるものの、
現在生活に支障が出ている疼痛は
筋筋膜性の疼痛であることが推測される。

整形外科的なテストでは
構造的にどのような障害が生じているかや、
現在の疼痛の原因が何から
生じているかを確認することができる。
ただこのテストも診断そのものの確率や、
術者によって結果のばらつきがあることを留意する必要がある。

ではこれらの診断精度について、
統計学的な信憑性はどう読み取っていけばよいのか
次回から述べていきたいと思う。
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Category: 評価

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感度と特異度 

医学的に用いられる統計学的な概念は
どういったものがあるのだろうか。
よく用いられるものの中に、
感度特異度、そして尤度比カッパ係数などがある。
難しい言葉なので簡単に説明していく。
今回は感度と特異性について述べる。

まず感度について。
感度は病気がある人を陽性とする割合を指す。
感度が高い検査はどんな人にも陽性になりやすい。
病気がある人もない人も基本陽性になるので、
陽性だからといってもあまり意味はない。
そのため感度が高い検査で陰性の場合は
病気でない可能性が高い。
陰性となった場合、除外診断に用いることができる。
また感度が低い検査は陽性になりにくい。
感度が低い検査で陽性となった場合は
病気である可能性が高いと言える。

次に特異度について。
特異度は感度と正反対の性質を持つ。
特異度は病気がない人を陰性とする割合を指す。
特異度が高い検査はどんな人でも陰性になりやすい。
病気がある人もない人も基本陰性になるので、
陰性だからといってもあまり意味はない。
そのため特異度が高い検査で陽性の場合は
病気である可能性が高い。
陽性となった場合、確定診断に用いることができる。
また特異度が低い検査では陰性になりにくい。
感度が低い検査で陰性となった場合は
病気でない可能性が高いと言える。

感度が高い検査での陰性除外診断となり、
特異度が高い検査での陽性確定診断になる。
ここだけでも頭に入れると、
少しだけ理解が深まるのではないだろうか。
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Category: 評価

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尤度比とカッパ係数 

今回は尤度比とカッパ係数について。
まず尤度比は「ゆうどひ」と読む。
感度や特異度は陽性か陰性かという二つの結果の解釈となるが、
検査結果は複数の計測値を陽性か陰性かで判断している。
ある一定の水準を境として判断(カットオフポイント)しているので、
その間の情報を捨てざる得ないことも多い。
尤度比病気の人がその検査結果となる確率と、
正常な人がその検査結果となる確率を示す。
よって尤度比が10以上ならかなり高い確率なので確定診断に、
5なら中等度の確率。
1なら影響は少ないと考えられ、
0.1以下なら除外診断に有効と考えることができる。

次にカッパ係数について。
検査する人が違うと、得られる結果が違うことはよくある。
カッパ係数は二人の検査の結果の一致度を評価する指標である。
完全に一致する場合を1とし、
偶発の一致を0として考える。
よって0から0.40の場合は低い一致となり、
0.41から0.60中等度の一致と言える。
だいたいこの0.60以上あれば一致度は高いといえるのが特徴である。

理学療法士は欧米では「メスのいらない整形外科医」とも言われ、
非常に人気の高い職種となっているようである。
しかし、多くの体の器官を扱うが故に、
経験則が多いためいわゆるアートの側面が強く、
サイエンスの割合が低いという問題が生じている。
こういったEBMを考慮した理学療法は、
ただ文献を参考にするのではなく
どういった統計的な意味があるのか理解する必要がある。
今後クリニカルプレディクションルールに代表される、
エビデンスを元にした理学療法の展開が、
もっと広く一般的となるよう
努力が必要になってくるのではないだろうか。
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Category: 評価

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課題の分離 

人間関係においてトラブルになりやすいのは、
他人の問題に踏み込み過ぎた場合や、
自分の問題に踏み込まれたときに多い。
どうしても人間関係の距離が深くなると、
自分の問題と他人の問題の境界線が不明瞭になる。
こうした状態で相手の問題に踏み込んだり、
自分の問題に踏み込まれたときに
ストレスを感じトラブルが生じる理由となる。

例えば職場の場面で、
相手の仕事がうまくいってないとする。
「何であんなやり方をするんだろう?」
腹が立って「もう少しちゃんとやって!!」と相手に言ったとする。
客観的にみるとこれはトラブルになるだろうと思うが、
本人としては自分が正しいと思っているので難しい。

学生指導でも同様のことが生じやすい。
学生がレポートを提出してきたとする。
レポートの視点がどうも間違っていると感じた。
「どうしてこういう視点が持てないんだ!」
と相手に言ったとする。
学生がわずかに怪訝な表情になったのが
余計に腹が立ち「どうしてわからないんだ。」
と考えてしまう。

職場の例も学生指導の例も同様に、
自分の問題相手の問題がいっしょになってしまっている。
相手の仕事は相手の問題であって、自分の問題ではない。
相手に頼むことまでは自分の問題だが、
相手が頼まれた通りにするか、
それを拒否するのかは相手の思考行動なので、
相手の問題になる。
そう考えていくと、
自分と相手の問題を分けて考えることができ
相手に対して腹が立つこともなくなる。
自分がどう思うかも自分が選ぶことができるので、
腹を立てるか、別の言い方に変えてみるか。
それを自分で選ぶようにすればよい。
こういった自分の問題と他人の問題を区別することを、
課題の分離と言う。

「あなたのため。」という言葉は、
実際には自分のためであり、その言葉の目的は
世間体や見栄、支配欲であることが少なくない。
誰の問題なのかがわかりにくい場合は、
誰がその結果を引き受ける人なのかを考えれば良い。
放任ではなく、援助はするが踏み込まないこと。
知った上で見守るという形がとても大切になる。
では他者の課題をうまく切り捨てて考えるには
どうすればよいのだろうか。
次回は具体的に述べていきたいと思う。
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Category: 心理学

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他者の課題の切り捨て 

自分の問題と他人の問題を分けて考える、
課題の分離については前回述べた。
誰の問題なのかわかりにくいときは、
結果を引き受ける人が誰なのかを考えればよい。
そして他者の問題をうまく切り捨てるには、
どうすればよいのだろうか。
今回はそれについて述べていく。

自分の問題と他人の問題が明確になったら、
自分の中でこれは他人の問題なんだと認識する。
そして相手には、
「困ったときには手伝うよ。」と伝える。
その言葉を聞いた相手は、
「これは自分の問題なんだ。」と考える。
そうすることで相手は、
「自分でなんとかしようとする」もしくは
「助けを求めるか」自分で選ぶことができる。
相手が助けを求めるのであれば、
相手の援助をする。

自分の課題については
「信じる」「見守る」というスタンスが重要で、
他人の問題については
「何を選択するのか」という意識が大切である。
他人の問題に関しては自分ではどうしようもない。
要するに他人の評価というものは、
他人のものなので自分ではどうにもできない。
他人の評価を気にすることは、
無意味であるということを認識しておく必要がある。
課題の分離ができることと、
他者の課題の切り捨てができることで、
はじめて人はお互いに自律し、
自由を手に入れることができるのではないだろうか。
課題の分離
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Category: 心理学

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幸福のための感覚 

課題の分離と他者の課題の切り捨てができると、
お互いに自律した自由を手に入れることができる。
しかし、ここから幸福を得ることを考えたときには、
それだけでは足りない気がするのではないだろうか。
アドラーは人が幸福になるために大切な要素として、
共同体感覚(コモンセンス)を挙げている。

「私と相手」という関係が社会の最小単位になる。
そして、さらに広く捉えていると、
会社・社会と大きく広がっていく。
自律とともに次に必要なのは、
他者そして大きな世界への繋がりを形成すること。
これが共同体感覚である。

人は自分を最も大切にしている。
しかしそれが強すぎると、
社会と繋がることは難しくなる。
社会と繋がるためには、
自分の執着から他者への関心が必要である。
自分が共同体である相手・会社・社会に関心を示し、
その共同体に貢献できていると感じることで
はじめて自分の居場所ができ、
自分には価値があると感じ、
勇気を持つことができる。
しかし、過剰に適応しようとし自己犠牲を行うことは違う。
自分も大切にし、そして他人も同様に大切にする。
適度な適応が何よりも大切である。

課題を分離し、人との関係性を上下関係である縦の関係から、
対等である横の関係になる。
そうすることで介入でなく援助ができるようになる。
そしてその援助が共同体に貢献できている、
自分には価値があるという感覚を作り出す。

こうした関係性をつくるための認識については
もう少しつっこんで考えなければ難しい。
次回はこの関係性についての考え方を述べていく。
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人との関係性の3つの段階 

共同体感覚により、自分他者も大切にすることが、
自分の価値観を高めるために大切だと以前述べた。
しかし、この自分と他者の関係性は非常に難しい。
もう少し具体的にこの関係性について述べていきたいと思う。

この自分と他者との関係性には3つの段階が必要である。
一つ目は自己受容
自分は自分であり変えることはできない。
ありのままを受け入れるということである。
また自分は普通であるということを認めることも大切である。
自分に対する理想が高すぎると無理をしてしまい、
今ある本来の自分を否定することになる。
こうした意味でもありのままを受け入れ、
普通であることを認めていくことが大切である。

二つ目は他者信頼
自己に執着するだけでは共同体感覚を得ることは難しい。
他者を無条件に信じ、深い関係を恐れないことが大切である。
浅い関係は傷つくという痛みは小さくなるかもしれないが、
喜びも小さくなってしまう。
相手は仲間であると考え、過度に人を恐れないことが大切である。
人を信じることができなければ幸せになることは難しい。

最後の三つ目は他者貢献
他者に貢献するということは自分のためでもある。
過剰に相手のために尽くし、自己犠牲にするのは
自分と他者が対等ではなくなってしまう。
相手の役に立つことで自分の価値を認めることができる。
ここにいてもよいという自分の居場所は、
こういった行動により自分自身で作ることが大切である。

人がストレスなく幸せに生きていくためには、
自分と他人の関係性が非常に重要である。
さらに深い距離になればなるだけ、
ありのままの自分を受け入れ、他者を信頼し、
他人の役に立つことで自分の価値を認識することが必要になる。
共同体感覚
1)岸見一郎 他:嫌われる勇気---自己啓発の源流「アドラー」の教え,
ダイヤモンド社,2013
2)岸見一郎:アドラー心理学入門-よりよい人間関係のために,
KKベストセラーズ,1999
3)岸見一郎:アドラー心理学 実践入門---「生」「老」「病」
「死」との向き合い方,KKベストセラーズ,2014
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Category: 心理学

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考えることの段階 

個人意識が高まり、社会環境としても
ニーズを把握することが重要となっている。
そのため、顧客に近い距離の人間が、
どうパフォーマンスを高めるかが大切である。
上層部が提案し、社員が指示通りに動くことだけでなく、
社員自身が考えて行動する必要が出てきている。

さてそのための「考える」ということはどういうことなのか?
それについての答えは案外難しいものである。
「自分で考える」ように促すことが、
現在の教育には重要と言われている。
しかし、考えるとは何なのかと言われると難しい。
今回は考えるということを述べていきたいと思う。

考えるのには段階がある。
第1に問題の明確化
第2に問題の分解と分析
第3に対処の決定である。

それでは問題の明確化から述べていく。
まずはじめに問題に気づくことからはじまる。
問題に気づかなければ何もはじまらない。
そこには責任感や能動性が必要である。
「どうすれば今よりよくなるだろう?」
「このままだとこんな悪いことが起こるかも?」
こういった視点が必要である。

次に問題の分解と分析である。
問題が明確になったところで、
次は具体的にその問題について考えていく必要がある。
問題をより詳細にしていくことで、
具体的にしていくことが可能となる。
そこには専門的な知識とともに、
客観的思考や分析力が必要となる。
「他人や他の会社ならどうしているか。」
「どうすればよくなるか?なぜ悪いのか?」
など多角的な視点を用いることで、
対処するための案は導きやすくなる。

最後に対処の決定について。
問題を分析していき、対処する案がいくつか挙がったら、
最後は決定していくことが必要になる。
どの案にするかを決定するにあたっては、
目標や目的を明確にしていくことが必要である。
目標や目的が明確になることで、
優先順位をつけることができるとともに、
ある案とある案の組み合わせなどを考えることもできる。

このように考えるということはそれぞれの段階が必要であり、
段階によって必要な能力も変わってくる。
考えるにあたってどの部分が滞っているのか確認することで、
苦手な部分や補う必要のある部分が明確になるかもしれない。
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経験則の罠 

考えるにあたって人は
経験則(ヒューリスティック)に頼ることは多い。
経験則は時間を短縮させるために大切であるが、
経験則のには注意する必要がある。
経験則の罠とはどういったものがあるだろうか。

ひとつはフレーミングである。
経験則には感情的な要素が含まれやすいので、
ネガティブな考えであればネガティブ案が中心になりやすく、
またポジティブな考えであればポジティブな案が多くなる。
メリットとデメリットを考えるためには、
常にその案の反対側ももれなく考える必要がある。

また確認バイアスも気をつける必要がある。
自分の考えは自分自身で肯定しすぎる傾向がある。
この自己正当化に注意しなければ、
視野が狭くなってしまうことは否めない。

最後にトレンド印象の強さ
今の流行や印象の強さなどの要素も、
考えの偏りを作るひとつの問題となる。

考えるということは知識や経験をもとにした直感と、
考えの偏りを防ぐための理性が必要となる。
次回は考えるという行為を相手に促すために、
どういった声かけが必要なのかについて述べていく。
考えるということ
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考えを促す質問 

考えることは重要であるが、
それを相手に促すことはさらに難しい。
「自分で考えて。」ということはできるが、
何をどう考えれば良いのか
相手のハードルを考えれば難しい気がする。

問題に気づき、問題を明確化すること。
知識や客観的思考による問題の分解と分析。
目標をもとにそれぞれの案の
優先順位や組み合わせを行い、対処の決定をすること。
考えるということにはこのような段階がある。
それでは相手にそれを促すためにはどういった質問が、
適切な考えを促す質問になるのであろうか。

まず問題を明確化するためには、
何か困っていることはないですか?
という質問がある。
何かもやもやしている時に、
「困っていること」という問いにより
それを具体化して表現することができるようになる。
問題が何なのかをはっきりさせて、
考えるべきポイントを明確にする必要がある。

次に問題の分解と分析においては、
何がわるいのだろうか?
どうすればよくなるだろう?
他の人(他の会社)ならどうするだろう?」などが有効である。
まず「何が悪いのだろうか?」では
問題を絞り込んだり、
その問題をより詳細にしていくきっかけとなる。
次に「どうすればよくなるだろう?」
悪い部分を捉えていてもそれに対する改善案が重要である。
ひとつの方向性で息づまった時は、
正反対の方向性を見ることで対処がみえてくる。
「他の人(他の会社)ならどうするだろう?」では
視野を広げることができる。
自分の中だけでなく、他の人へ意識を向けることで、
より広い視野で物事を考えることができる。
これらの質問によりいくつか案を増やすことができる。

最後に対処の決定については
目的は何なのだろうか?
どういう結果にしたいのだろうか?
何が一番大切だろうか?
これらは目標を再度明確にすることで、
優先順位や案の組み合わせを行い、
決定すべき対処を明確にしていく。
対処の決定は今まで増やした案を
いかに限定していくかの作業になる。

考えて決断をするということは感情的な結びつきを、
理性的な価値に変えていく作業となる。
そのため感情的な痛みを伴うことにもなる。
あいまいな状態で感情を重視するのか、
それとも具体的に現実的な対処をするのか。
臨機応変に使い分けることが必要ではないだろうか。
考えることの問いかけ
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セルフコントロールについて 

日常生活で姿勢から生じる問題として、
肩こりや腰痛がある。
しかしながら、姿勢を改善していくことはなかなか難しい。
ではどのようにして考えていけばよいのだろうか。

姿勢を常に意識していくのは現実的に難しい。
私は患者さんの求める目標によって
段階的に努力できるように促すようににしている。

考えたり選択するためには知識が必要である。
姿勢がどういった影響を及ぼすのか、
まずは知ってもらうことが導入では重要である。

次に知識はあっても実行できない段階では、
本人の訴えから目標を設定し、
その目標の達成のために
姿勢が関係することを認識してもらう。
「腰が痛くなければ、旅行に行けたのに。」
といった訴えであれば、
「長く座った時に今まで症状が悪化することが多かったです。
 またそういったときは腰部の筋肉の張りと、
 背骨の硬さが強くなっているので姿勢をよくすると、
 少しずつ腰の調子もよくなって
 旅行にいけるようになるかもしれませんよ。」
といった感じだろうか。

さらに実際に行動を起こすことが必要になる。
しかし、はじめから常に完璧な姿勢を
とり続けることは不可能に近い。

第1段階では症状が出たら、よい姿勢に戻す。
何かに夢中になっていたら症状に気づかないことが多いが、
頸や腰がだるくなってきた場合はその部分が丸くなっていると
体が教えてくれている状態である。
これを気をつけると症状が悪くなるのを防ぐことができる。

姿勢を戻すことで、症状をコントロールできることに
気づいているので、
モチベーションも少しずつ高まってきていると思う。
また不安も少しずつ減少してくることも多い。
第2段階ではさらに気がついたらこまめによい姿勢に戻す。
姿勢を正すのが難しければ頻繁に体操をするのもよい。
これができると少しずつ体の硬さも減少するため、
少しずつ自分で体の調子を良くすることもできる。

最後に第3段階では常によい姿勢を心がける
これはなかなか難しいことが多い。
モデルさんや女優さんなど姿勢が
その人の人生にも関わる場合なら可能だが、
そこまでモチベーションを保つことは困難だと思う。
完璧に症状をコントロールしようとすると、
完璧な姿勢が求められてしまう。

症状を完璧になくすというのは以上のことから難しいことである。
悪くしないようにするとか、
症状をほどほどのところにコントロールする程度であれば、
努力量も少なくすむことを認識してもらう。
その中で本人に選択してもらうことができれば、
能動的なリハビリテーションの介入に繋がるのではないだろうか。
姿勢の注意
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Category: 治療

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相手に合わせた介入 

高齢社会の到来により、
医療費をどのように抑制するかという点に、
国も意識を向けている。
平均寿命も伸びていることで、
慢性的な筋骨格系の障害の訴えも増えている。

こうした中で我々のアプローチの方向性も、
メンテナンスを療法士がすることだけではなく、
患者さん自らメンテナンスができるように促すことが、
重要になってきている。

そこには知識の提供だけでなく、
患者さん自らが思考し、
行動することまでが必要となってくる。
思考と行動を考える上で患者さんの心理状態の把握は重要で、
それに見合った対応というのが大切になってくる。

まずネガティブな状態では、
前頭前皮質の活動は困難であり、
自らが考えて行動するのは困難となる。
また知識のない状態でも同様に、
考えることは難しくなる。
このような場合は、心理的な部分に関しては共感を主体とし
まず精神的な安定が大切となる。
また「何が起きて、どうすれば良いのか。」
ということを考えるための知識を
少しずつ提供していく必要がある。

精神的な安定と知識が身についてくると、
考えることが容易となりそれに基づいた経験が重要となる。
どうすれば悪くなり、どうすれば良くなるのか。
情報を整理するためにはカウンセリングも有効である。
行動が強固となっていない時期でもあるので、
ティーチングや賞賛などの強化刺激により、
適切な行動が定着するよう手助けも有効である。

精神状態も良好で、知識と経験が身についてくると、
最後は自ら能動的に行動を起こす段階に入る。
こちらは質問を多用するコーチングにより、
患者さんが自ら結論を導き出すことに集中する。
「いつ頃痛くなりました?」
「何している時か思い当たりますか?」
「いつも痛くなった時はどうしてますか?」
経験を元に行動の修正を行っていく。
また場合によっては知識が不十分な部分があれば、
情報の提供を行っていく。

このように患者さんが自ら自分の体を
メンテナンスできるようにするためには、
心理的な状態と知識・経験・行動の段階を把握し、
それに合わせた対応が必要になってくると考える。
心理状態と介入
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Category: コーチング

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頭痛と頸部筋の緊張 

鞭打ちや肩こりなどの症状により、
頭痛が生じることも少なくない。
いわゆる筋緊張型頭痛というものだが、
筋筋膜の影響で生じる頭痛には
どういったものがあるのだろうか。

頭痛及び顔面に関連痛の生じる筋と
そのトリガーポイントをいくつか示す。
上の図は各筋の関連痛の部位。
下の図はトリガーポイントである。
いずれも頸部の筋である
頸板状筋・胸鎖乳突筋・僧帽筋上部である。

いずれの筋もこめかみ部の症状は共通する。
頭頂部の症状は頸板状筋と胸鎖乳突筋。
前頭部の症状は胸鎖乳突筋のみである。

頸部周囲は細かな筋が多いのが特徴である。
痛みの部位を確認するとともに、
各筋の緊張度合いの触診と関連痛の確認を
評価していくことが重要である。
トリガーポイント頭
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Category: 痛み

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2015-02
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