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理学療法の評価と治療

理学療法に関連する臨床・研究・教育と評価・治療について書いていきたいと思います。

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怒る人について 

今回は怒りについて考えていきたいと思う。
身近にもすぐに怒る人はいないだろうか。
人間誰もが怒るとは思うのだが、
他人が怒るのはなかなか迷惑だと感じることも多い。
ただ政治や人道的な問題での怒りは、
必要な部分も少なからずある。

政治や人道的なものに感じる
公的な怒りは長期的に続くのだが、
私的なもので感じる怒りは比較的に短期的なものが多い。
相手に対して腹が立って怒鳴る場合や、
怒った態度を見せるなどが私的な怒りである。
この私的な怒りは何が目的なのか考えると
権力争い」や「闘い」がこれにあたる。
要するに怒りを他人を屈服させる道具として
利用していると考えられる。
しかしながら、屈服させるための怒りは
一時的に屈服させたとしても
その後、復讐されることが多い。

怒りというのは「権力争い」や「戦い」の土俵に引き込み、
屈服させる道具であるのだが、
怒りを用いる人は怒り以外の道具を持っていない、
もしくは知らないことも少なくない。
怒り以外のコミュニケーションのとり方は存在する。
そのことを知れば怒りという道具に頼らなくても良い。

また相手が怒りという道具を利用してきた時に、
どう対処すれば良いのだろうか。
つい相手の怒りに対して自分も「権力争い」や「戦い」に
参加してしまいがちである。
かといって我慢することがよいのだろうか?
この我慢だが、我慢という風に感じている時点で、
既に権力争いにとらわれてしまっている。
我慢すると考える時点で「自分は正しい。」という観念であり、
主張の正しさ”ではなく”自己と他人のあり方”に
焦点が変わっていることに気づくだろうか。

「誤りを認める。」「謝罪する。」というのは
権力争いから降りることである。
これは決して負けではない。
自分の理想に近づける。向上させていく
優越性の追求は上や下、勝ち負けのような
競争で行なうものではないことを
肝に銘じておく必要があるのかもしれない。
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